神戸地方裁判所 昭和46年(ヨ)339号 判決 1972年8月01日
債権者 村上弘学
右訴訟代理人弁護士 小牧英夫
同右 藤原精吾
債務者 新甲南鋼材工業株式会社
右代表者代表取締役 妹尾良三
右訴訟代理人弁護士 佐藤幸司
同右 久保田寿一
主文
一、債権者が債務者会社の従業員としての地位を有することを仮に定める。
二、債務者会社は、債権者に対し昭和四六年二月二五日以降(但し、休日を除く。)一日三、一〇〇円の割合による金員を仮に支払え。
三、申請費用は債務者会社の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、債権者
主文同旨。
二、債務者会社(以下、たんに会社という。)
1、債権者の申請を却下する。
2、申請費用は債権者の負担とする。
第二、債権者の申請の理由
一、会社は、肩書住所地において、金鋸の製造を業とする株式会社である。
≪以下事実省略≫
理由
一、申請の理由一記載の事実は当事者間に争いがない。
二、そこで、まず債権者と会社との間に雇用契約関係があるかどうかについて判断する。
≪証拠省略≫を総合すると、
1、債権者はかねて知り合いの滝岡に会社の業務内容をきかされ、賃金もよいので働いてみる気はないかと就職方を打診されていたところ、昭和四五年九月二八日会社に欠員がでたとのことで、債権者も滝岡の誘いをうけて会社で働くことに決心したが、その際、滝岡は、三谷組の滝岡から紹介された旨会社にいる松本某をたづねて行けば、松本が会社の的井職長に連絡をとってくれて、すぐにでも働くことができると就労の手順を指示してくれた。そこで債権者は右指示に従って翌二九日から会社に出社して勤務をはじめた。
2、債権者としては滝岡から紹介をうけたとき、三谷の経営する三谷組が会社のいわゆる下請として、親会社である会社に人夫を出しているものと考えていたが、賃金も会社の作業場で毎日松本から一日三、〇〇〇円を支給されるので、三谷と直接面談することさえもせず、したがって、雇主である三谷と労働条件等について具体的なとりきめをすることもなく、しごくあいまいなかたちで勤務をはじめた。
3、ところで三谷は昭和三七年頃から昭和四四、五年頃まで主として会社の営繕関係の仕事を請負って会社と関係を持っていたが、会社が労働力の募集が思うにまかせなくなるとともに、人づてに人夫等を集めやすい三谷などに労働者のあっせんを依頼するようになり、三谷もその後は特定の仕事の請負契約を結ぶようなこともなく、もっぱら会社に労働者をあっせんするようになった。そして会社の求めに応じて常時おおよそ六ないし八名の労働者を提供していた。
4、そうして、会社は右のようにして三谷から提供された労働者につき、会社の設備、機械、資材を使用させ、会社のいわゆる本工、臨時工とともに組を組織して同一作業場において共同作業を行わせるなど、その生産工程に組み込み、さらに独自のタイムカードを作成して右労働者の出欠をチェックし、職種の態様に従った配置や時間外労働の命令等もすべて会社の指示に基づいて行われていた。その反面、三谷はもとより何らの企業的独立性を有せず、三谷の妻たつゑが週に一回ぐらい会社に出向いて出勤の様子をみるようなことをするほか右提供した労働者に対して指揮監督することもなかった。
5、これに対して、会社は三谷に対して、一人一日につき当初は三、三〇〇円、のちに三、五〇〇円を基本として、それに時間外労働をした場合には法定の割増賃金を加えて、月二回に分けて一括支払いをしていた。そうして会社は、三谷においては右労働者に対して会社から支払われた金員から前記のとおり一人一日三、〇〇〇円、のちには三、一〇〇円あて支払い、その差額は手数料として三谷ないしその妻たつゑが受領することを認容していた。
以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫
右事実によれば、債権者と三谷との間に形式的には雇用契約が締結されたものと認められるのであるが、右契約はもっぱら三谷が会社に労働者を供給し(いわゆる「口入れ」)、その賃金から中間搾取する目的のためにのみ、その手段として結ばれたものであるにすぎず、なんら実体のないものというべきである。
そうして、債権者の現実の労務の提供および稼働の態様を直視すると、会社は債権者をその企業機構の一構成要素として完全にその支配下におさめ、債権者は会社に対し従属関係にたつものであって、債権者が右のような事実関係のもとで、日々労務を提供し、会社がこれを受領している限り、両者の間には少なくとも暗黙のうちに雇用契約関係が成立しているものと認めるのが相当である。
三、次に、債権者が会社を任意に退職したかどうかについて判断する。
≪証拠省略≫によれば、会社は債権者が昭和四六年二月一五日から何んの連絡もなく欠勤したので、その理由などを滝岡に調査するよう依頼したこと、右依頼を受けた滝岡が同月一九日債権者方に赴き、同人の妻に会った際、同女から、「もうあっこ(会社)行くのやめました。もう行かん言うておりました。だから本人はおそらくやめたんと違いますか。」という趣旨の話をしていたこと、および債権者はその後同月二五日三谷から従前の残業手当、休日出勤割増金をすべて清算して受領していることが認められる。
しかしながら、任意退職の意思表示は雇用契約関係の終了という重大な法律効果を生ずるものであるから、客観的に明確なものでなければならないところ、後に認定するとおり、債権者の右欠勤は時間外手当および休日出勤の割増賃金をめぐって三谷ならびに会社に対する一種の抗議の意思をもってなされたものであるうえ、その後同月二二日には就労する意思で出社しているのであるからこの事実にてらして考えると、右のような妻の発言があったからといって、このことからただちに債権者が会社を退職する旨の意思表示をしたとの事実を推認することはむづかしい。
また、債権者が従前の割増賃金等を清算受領したとの点については前顕証人三谷の証言中には、債権者が退職するとの意思表示をして清算を要求した旨の供述があるけれども、債権者本人尋問の結果にてらしてにわかに信用することができず、右事実からただちに債権者が任意退職の意思表示をなしたとの事実を推認することはできない。他に会社主張の事実を認めるに足りる証拠はない。
四、そこで進んで会社が債権者を解雇したことの当否について検討する。
会社が昭和四六年二月二四日債権者に対し、解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
≪証拠省略≫によれば、
1、債権者は従前から時間外および休日出勤の割増賃金を労基法所定の額で支払うよう三谷に要求していたが、三谷が会社と相談するからというだけでなかなか支払ってくれなかったため、この態度に抗議する意味で、昭和四六年二月一五日から同月二〇日まで会社に無断で欠勤したこと。
2、その後会社は前認定の経緯により債権者にもはや出勤の意思がないものとして、同人のタイムカードを作成していなかったところ、債権者は同月二二日就労するつもりで出社したのにタイムカードが備え付けられていないので会社に対してその理由をただした。そこで同人の処遇について同日会社応接室において債権者、会社製造部長上西幸男、同総務部長矢田常雄および三谷たつゑの四者が会談することになった。上西らは前認定のとおり債権者の妻から退職するような話を聞き、これをもとにして処理した旨話し、無断欠勤したことについて難詰したところ、口論となり、債権者は右上西に対し、「競輪に行って何んで悪い。おれはやめる気ないのになんでやめさせるのや。会社は労基法の安全規則違反がたくさんあるし、会社を訴えてつぶしてやる。わしをやめさせるんだったら部長の首もひっさらって行く。」などと発言したこと。
3、会社の就業規則には、従業員が一四日間無断欠勤したばあいおよび他人に暴行、脅迫を加え、またはこれに準ずる行為があったばあいには懲戒解雇する旨の規定があること。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
右事実に基づき本件解雇の当否について検討するに、まず右1の事実については、会社就業規則の規定にてらし、六日間の無断欠勤のみでただちに債権者を懲戒解雇することができないことは明らかである。つぎに同2の事実については、債権者発言は、その措辞自体乱暴であり、いささか穏当を欠くきらいがないではないけれども、債権者本人尋問の結果によると、債権者の発言に対し、上西も、「この馬鹿野郎、なんでそんなことお前の力でできるんや。」などとやりかえし、結果会談は物分かれになったことが認められるのであって、双方ともかなり興奮し一時の感情にまかせてなした口論の域をでないものと認められる。
そうだとすると、右事実は一つ一つを検討してもまたこれを合せ考えても会社がその懲戒権を行使して債権者を職場から排除しなければならないほどの重大な秩序破壊行為とはとおてい認められない。また、通常解雇の意思表示も、たとえ、会社が適正な労働量の維持と規律を保持し不良労働力を排除するために解雇の自由をもつとしても、社会通念に照らし、いまだやむを得ないものとして合理的理由をもつにいたるとは認められず、解雇権を濫用したものというべきである。
してみると、いずれにしても解雇の意思表示は無効である。
五、保全の必要性について。
以上のとおりで、債権者は依然として会社の従業員としての地位を保有しているものというべきところ、≪証拠省略≫を総合すると、債権者は昭和四六年二月二四日当時休日を除き一日三、一〇〇円の賃金を毎日支給されていたこと、債権者は右賃金のみによって生活を維持している労働者であり他にこれといった資産もないことが認められ、本件解雇によって右賃金の支払いが受けられないことによりその生活に著しい支障をきたし本案判決の確定をまっていては回復し難い損害を蒙る虞れがある。したがって、債権者の従業員としての仮の地位を定め、その賃金の仮払いを命ずる仮処分の必要性がある。
もっとも、≪証拠省略≫によれば、債権者は滝岡に対し六、五〇〇円貸与していること、本件解雇処分以来日本配合飼料株式会社ほか三社において一か月ないし三か月間稼働して日給二、七〇〇円ないし一、七〇〇円の賃金を得ていたことがそれぞれ認められるけれども右貸与の金員も僅かであってとるに足りず、前顕証拠によれば、右就労も臨時的なものであることが認められるから本件仮処分の必要性を否定することはできない。
六、結論
してみれば、債権者の本件仮処分申請はすべて理由があるので保証を立てさせないでこれを認容することとし、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田鷹夫 裁判官 田中観一郎 小川良昭)